BUYMAの奴隷になっているショッパーがしている勘違いとは?

「私はBUYMAに向いていませんか?」

「私はBUYMAに向いてませんか?」

という質問を頂きました。

この類の質問は、
多くはありませんがたまーにあります。

で、毎回思うことなんですが、

「んなもん、知らn・・・」

「そのようなことは、分かりかねます」

って思います。

BUYMAに向き不向きがあるのか、
僕個人の感覚で言えばあんまり関係ないです。

パソコンをネットサーフィンができる程度に扱えれば
誰でもできる(可能性がある)って思ってます。

それは”今のスキル”でなんとかなるって話じゃなくて、
取り組んでいく過程で成長する余地を含めての話です。

そして、人間はちゃんと取り組めばちゃんと成長するので、
”今”がどうかは大して問題ではありません。

当然、すでにスキルや知識がある人のが
成果が出るまでには時間がかからないとは思います。

それまでの生きてきた過程が違うんだから
スキルや知識、あるいはマインドなど違って当然です。

でも、それが現時点でスキルや知識がない人が
成果が出ないって理由にはなりません。

それとこれとは何の因果関係もないわけです。

だから、BUYMAに向き不向きなんて
正直ないと思ってます。

やるかやらないか、その差だけです。

まあでも一つ言えることは、

「あなたはBUYMAに向いていません」
と言われて、
「そうなんですね。じゃあ仕方ないですね」
って簡単に引き下がれてしまうなら
向いてないかもしれません。

まあそれはBUYMAうんぬんではなくて、
何に対しても当てはまることですが。

【才能 = 労せず自然にできてしまうこと】

ってニュアンスがあるように感じますが、
最近、そうじゃないように思います。

いわゆる「得意なこと」とは違うと
思っているということです。

というか、それも含むとは思うんですけど、
それ以上に「才能」だと感じることは、

「苦悩できること」

なんじゃないかと。

苦悩って言葉だけだと辛そうな印象がありますが、
苦悩するってことは、何かしら解決したいという
強い想いがあるからこそ生じるものだと思います。

解決したいと思っていなければ、
苦悩するまでもありません。

「やーめた」で終わりです。

やめてしまえば苦悩することもありません。

そうではなくて、苦しみを伴ってでも
「なんとかしたい!」と思って、
そこに労力を費やせる、ようなことです。

つまり、何が言いたいかというと、

向き不向きとか才能とか気にしても
どうせ苦悩はついて回るんだから、
そんなことを気にするより
目の前にある「やろう」って思ってることを
やるのがいいんじゃないかってことです。

(だいぶすっ飛ばしましたが…汗)

向いてるとかどうとか、
やってみないと分からないですしね。

さらに付け加えるなら、
中途半端にやるのが一番良くないです。

中途半端にやっていい結果が出るなんてことはないので、
中途半端にやってしまうと全部「向いてない」って
結論になってしまいます。

そうではなくて、何かしらの
可能性を感じているのであれば
がっつり取り組んでみて
それから判断をしてみた方がいいです。

ということで、
向き不向きよりがっつり取り組んでみるのが
いいんじゃないですかね?って話でした。

最後までお読み頂きありがとうございました!

追伸、

「苦悩」って言葉が非常に広義に使えるので、
どこまでニュアンスが伝わっているのか
不安ではありますが、
解決を目指さずに「ただ悩む」のとは違います。

なんとなく伝わりますかね?笑

「苦悩」はどこかしらに出口を見出そうとして
歩みを進めた結果生じるものですが、
「ただ悩む」というのはその場から動いていない感じです。

イメージ的には。

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