BUYMAの奴隷になっているショッパーがしている勘違いとは?

毎日のクオリティをあげるために、危機感を持つ

私は高校生の時に野球をやっていたんですが、引退時期が近づいたり、引退してから、

「あの時の気持ちのままだったら、死ぬほど野球上手くなっただろうな」

って思うことがちょくちょくありました。

なんの脈絡もない話題ですが、結果を出す人と出さない人の違いが分かります。

 

モチベーションがMAXになるタイミング

 

ちなみに、「あの時」というのは、大きな大会で負けた時です。

特に、2年生の夏の大会直後とか。

私は、2年生の時は、ベンチ入りもしていなかったので、スタンドから応援しているだけだったんですが、自分の高校が負けたときは、それはもう悔しいわけです。

夏の甲子園とかで(今ちょうど選抜の時期ですが)試合に負けてしまった球児がわんわんと泣きじゃくっていたりしますが、まああんな感じで、自分も人目をはばからずボロカスに泣いていました。

一言で言うなら、「悔しい」ってことだと思うんですが、二度とこんな想いはしたくないと、”その時は”思うわけです。

この数ヶ月後に控える秋季大会や、1年後に迎える最後の夏の大会に向けて、「絶対やってやるぞ!」なんてこと決意します。

 

MAXに高かったモチベーションも時間と共に、、、

 

ただ、残念ながら、そんな気持ちは長くは続きません。

人は忘れる生き物だとか言いますが、数日後には、その悔しさは和らぎ、決意したことも次第に忘れていきます

毎日のように部活があったので、毎日欠かさず練習をしていたわけですが、あの時感じたような、「絶対やってやるぞ!」なんて意気込みはもはやありません。

手を抜いているわけではありませんが、平常時の練習とクオリティと、絶対やってやるぞと思っている時の練習のクオリティには差が生まれます

 

動作としては同じことをしていても、中身に違いがあるということです。

 

例えば、ダッシュをするにしても、最後の一歩まで全力を出し切るか、最後の最後でちょっと力を抜いてしまうとか、はたから見ても分からない程度の微差といえば微差です。

しかし、その差が積み重なれば、1日の練習の中でも大きな差になりますし、さらにそれが1週間、1ヶ月、半年、1年となれば、とんでも差に広がってしまいます

さっきも言いましたが、手を抜いているつもりはないんですが、「やり切ったか?」と問われると、イエスとは言い切れない、という感じです。

 

甲子園に行くやつ(チーム)とは、、、

 

で、思うわけです。

それを毎日やり切ったやつ(チーム)が甲子園に行くんだろうなって。

”夏の大会に負けた直後”のモチベーションは、おそらく誰でも甲子園球児に匹敵するレベルなんじゃないかと思います。

 

でも、それが日常になった時に、甲子園に行く球児とその他大勢の球児に分かれていきます。

要するに、その時の意気込みなんていうのは、続かないわけです。

 

高いモチベーションは続かないのが、大多数

 

これは、続かないからダメだって話じゃなくて、多くの人はそうなるのが自然です。

人間の意識にはホメオスタシスが働くので、気持ちは盛り上がっても、それまでの平常値に戻そうとします。(ホメオスタシス=恒常性)

熱が上がっても、体が勝手に平熱に戻そうとするのと同じです。

 

だから、夏の大会で負けた直後のあの意気込みが続かないのは至極当然の話です。

これは、高校球児に限った話ではなく、いろんな人が体験することだと思います。

 

 

BUYMAやその他のビジネスをしていても、「よっしゃやるぞ」と意気込んだ時はあったものの、ふと気づくとあの勢いはどこへやら

何があっても毎日コツコツ続けるんだと心に誓ったはずなのに、「今日は、まいっか」とかなってしまうわけです。

 

高校球児時代にあのようなことを思って経験しているはずなのに、私自身、今でもそのようになってしまうことがあります。汗

気持ちは続かなくて仕方がない、というのはその通りだと思いますが、当然、それでいいとも思っていません。

 

「持続させるにはどうしたらいいか?」ということを考えなければ、なんの進展もありません。

 

意識を高く保つためには、どうしたらいいのか?

 

人の気持ちは長く続かないことを自覚する

 

で、どうしたら持続するか、自分なりに考えてみたんですが、まずは、気持ちは続かないと自覚をすることだと思います。

決意した瞬間は、「この気持ちは揺るぐはずがない」ぐらいに思っていますが、そんなのは幻想で、人は平気で忘れます。

 

日常が始まれば、それまでの日常に感じいてた気持ちに戻るのは自然です。

 

なので、まずは、「この気持ちが変わるはずない」という幻想を捨て去ることです。

 

気持ちを忘れないための工夫を日常に入れる

 

それを理解した上で、「この意気込みを忘れないようにする」というのではなく、(忘れないようにと思っても忘れるので)

「この意気込みを忘れても思い出させる工夫をする」というのが、現実的に持続させる方法です。

 

トリガーを用意するということです。

 

で、何がトリガーになるかと考えていたのですが、今思っているのは、【危機感】です。

人って危機感を感じている時には、あれこれと行動するじゃないですか。

でも、喉元過ぎればなんとやらで、危機感が和らぐと、意識も薄れます

 

実際には「危機」は過ぎ去っていなくてもです。

 

本当は「危機」は過ぎ去っていなくても、一時的に過ぎ去っただけで、全然その渦中にいる状態なのに、人間は危機感を失います。

これは、遠い未来になればなるほど、リアリティが薄まっていくことが原因になっていると思うのですが、

目の前の危機を回避してしまうと、本質的には解決できていないのに危機感を失ってしまいます。

 

危機感を持ち続けるために、未来を想定する

 

そこで、危機感を失わないためにはどうしたらいいか?なんですが、答えは簡単で、

「希望的観測を入れずに未来を想定する」

ことだと思います。

その先を詳しくは話しませんが、希望的観測を入れずに未来を想定したら、多くの人は危機感を感じるんじゃないですかね?笑

 

「このまま行ったらヤバイでしょ」っていう。

 

悲観的になりましょうってことではないので、それは勘違いをしてほしくないのですが、「現実を直視する」という姿勢は極めて重要なことだと思います。

しかも、残念なことに、人間は危機感によって行動力が増しますしね。笑

 

危機感を感じている状態の感情は、あまり心地のいいものではないと思いますが、行動を起こすという意味では、危機感というのはなかなか使える要素だと思います。

 

現状に甘んじないためにも、このまま進んだ先の未来を想定して、危機感を感じてみてください。

(なんか、変な締めになってしまいましたが笑)

 

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